ウエストエンド

朝たまたま早く目が覚めたので、とても久しぶりにテレビを見る。実に半年ぶりだ。この半年間というもの、アフレコの予習以外で我が家のテレビの電源が入れられることは無かったのだが、とりあえず壊れてはいないようで良かった。また半年後に見よう。

夜に中野ウエストエンドスタジオにIちゃん出演の芝居を観に行く。この劇場は10年前くらいに何度か劇団の公演で使った。会場で知人二人に遭遇。
客として行くのも三年ぶりくらいの小屋だが、改めて見てみると舞台面積の割にタッパがあるので、工夫しないと舞台が狭っ苦しく見える。せいぜい五人が限度と思われるステージには10人くらいがひしめいていて大変そうだった。

私が思うに、劇場の広さにともなう演技の難しさは、小劇場>大劇場>小劇場である。
小劇場ならヘタでもヴィジュアルの良さやキャラクターや勢いでごまかせる。大劇場では大勢の観客に伝えるための技術が必要となるが、それは一方でわかりやすさを優先させたカリカチュアライズされたものにもなり、デリケートな表現がバッサリと省略されたりする。例えば本物の涙を流しても200人の劇場なら通用するが、1000人の劇場ではほとんど意味が無く、それより「泣いている」という印象が伝わることが先決だ。
そして小劇場で間近の観客にデリケートな演技を伝えるにはさらなる技術が必要となる。具体的には、表情のごく微妙な変化や手足の置き所、カラダのたたずまい、動きの緩急、視線の移し方、台詞の強弱、空間やシーンに見合ったテンション、それらを統合的に駆使してゆかねば直ちに「ヘタ」とバレる。

つまり劇場の大きさによって必要とされる演技の技術や種類、解像度は異なる訳で、大劇場のあざとい演技を小劇場に持ち込んでも違和感があるし、小劇場のマニアックなニュアンスを大劇場で繰り出しても通用しない場合が多々ある。
この齟齬を何とかスムーズにできないかしらというのが、作演出家としての私のテーマのひとつであったりする。ただし役者としては大して技術がないので、どんな規模の劇場でも開き直って悔いの無いようにやっているだけだ。
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by maestro_k | 2009-06-20 23:59 | diary