自由になりたい

さて、『マグダラなマリア』第三弾の曲を書き出しておく。

M1「GOOD DAY/GOOD NIGHT」
魔愚堕裸屋開店のオープニングで歌われる。いかにも始まりますよというミュージカルチックな曲。

M2「マッチと少女」
Caccinicaでも「街路の少女」という、同じく6/8拍子でマッチ売りの少女を扱った曲がある。当初はそのまま横流しして使おうかとも思ったが、歌い手の主観が異なるので書き下ろした。マリアさん向けということでCaccinicaのものより随分ポップ。Bメロが気に入っている。

M3「忘れられない」
ブルージーなナンバー。すれ違いまくった男女の想いを螺旋状に絡ませるイメージで作った。ミディアムテンポで表現力が問われる。アンナ役の太田くんには、上手く歌う事より、キャラクターの想いを伝えることを優先して欲しいと注文した。

M4「プリンの行方〜Who has eaten my pudding?〜」
劇中歌なのにサブタイトルがある。プリンを食べられた怒りと哀しみをヴィジュアル系風な曲にしたら、普通に格好良くなってしまった。

M5「文字ばかりの本なんて」
不思議の国のアリスの冒頭で「絵の無い本なんて、何が面白いのかしら」という台詞がある。ロージィがアリス好きということで同じようなことを言わせつつ、心の傷を負う少女二人の距離を近づけるよすがとした。

M6「怒りと恥辱が」
エスメラルダ役の小野田くんが若きエキスパートということで、その力量を存分に発揮してもらえる楽曲にした。つもり。当初はコロラトゥーラ要素を盛り込もうかと思っていたが、ラテン女という設定やダンスとのバランスを考え、パワーボーカル系に。

M7「エビの香り」
タイトルは歌い終わった後のセシルの台詞から。歌詞にはエビなんて一言も出て来ないけど。作った当初はひねりが足りないかなあと思っていたのだが、聴いてるうちに良い曲に思えて来た。ひねれば良いってものでもない。

M8「止まぬ雨はない」
マリアさんは器の大きい人だけれど、神様でもなければ世捨て人でもない。諦念や悟りとはまた違った、救いのある歌で終わらせたかった。


さて、記事タイトルは別に自由時間が欲しいと言う意味ではない。
『マグダラなマリア』は第一弾が六千人弱、第二弾が一万人、今回が一万五千人と着実に(というか大幅に)動員は伸びている。それに伴い制作費もアップし、例えば私が「プリンの被り物が8つ欲しい」と言えば二日後には準備される程度になってきた。一方で「マリアさんにY-3のヒールを履かせたい」という申し出は却下された。今回ではないけれど、舞台上に滝を作ったり、フライングさせたり、ビカビカの電飾を作ったりなど、やってみたいけれどできていないことは沢山ある。予算との闘いは劇団公演でイヤというほど味わっているので、別に予算が無くても楽しい舞台は作れるけれど、出来ないことがあるのはやはり残念だ。悔しければ動員を増やして行くしか無いのだろう。その方向性は私の劇作家としての資質とはだいぶ離れているけれど、マグダラでエンターテイメントを作りつつ、そのうちコアな作品創りが再開できるのなら、創作のバランスの取り方としては悪くないだろうと思っている。

小劇場に身を置いていた人間からすれば、エンターテイメントを小バカにするのは楽なことだ。しかしそれはコンプレックスの裏返しでもある。喰えてない人間の方が喰えている人間よりストイックに見えるけれど、その実、喰えるだけの力量がないだけの場合がほとんどだ。私は対岸から小バカにするより、飛び込んで内側から浸食して行く事を選んだ。それができないならその程度の表現者だということだ。私の活動を昔から見ている人からすると「ユザワは一体何をやっとるんだ」と思われているかも知れない。しかし人間そうそう変わるものではない。私はクリエイターとしての自由を得るために戦っている最中なのだ。
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by maestro_k | 2010-08-23 20:43 | diary