初日

無事初日が開幕。ゲネの出来があまりにたるんでいたので軽く絶望したのだが、本番になってやっと本来あるべき面白さが立ち上がってきた。同じ脚本、同じ段取りでもテンポの緩急で芝居の面白さが全く違って来る。
私の作る芝居においては会話のテンポとリズムが命なので、ミスを恐れて安全運転したり役者個人の勝手な感情で間を埋めたりするのは最もやってはいけないことだ。そして男優より女優の方が自分の感情に寄っかかる傾向があるので、女優オンリーの場合は特に掛け合いがマッタリしてしまいがちになる。演じる方はそれで気持ちが良いかも知れないが、芝居にとってはキミの独善的間合いは知ったこっちゃないから軽快な掛け合いをしてくれとずっと言い続け、初日になってやっと求めていたレベルに達して来た。私としても脚本の完成が遅かったことへの負い目があり、あまり厳しく稽古場でテンポを追いつめることはしなかったのだが、いざ本番の幕が開くとなるとそうも言っていられない。テンポを多少上げる事自体に技術的な困難はさほどないので、本番直前でも一度演者たちの中でコンセンサスが生まれれば、後はそれをキープしてもらえれば良い。

周囲ではイベントや公演の中止が相次いでいる。「こんな時なのに」とか「こんな時だからこそ」とかいう議論は私には存在しない。私は芝居を作って生活している人間なので、どんな時だろうが豆腐屋が豆腐を作るように芝居を作るだけだ。それは私に限らず、エンタメに関わって暮らしている人間は皆そう望んでいるだろう。エンタメ業界の人間、特に生活に保証のない演者という立場に身を投じる人間は、一般の人が考えている以上に自分の人生を賭してその世界にやって来る。別に公演中に地震が来て劇場で死んでしまうなら、それはそれで本望なのである。別にヒロイックな感情でもなんでもなく、芝居をやれなければ一文の価値もない人間なので、自分の価値が生じる場所にいたいだけの話だ。
もっとも、それを観客に強要するつもりなど毛頭ない。あくまでもエンタメはエンタメであり、どんな企画が流れてしまおうと、観客にとっては楽しみのひとつが減って残念、という程度の認識が当たり前だ。交通も不便な状況だし、不安や心配をおしてまで来場していただかなくても良い。数千人規模の大きなイベントだったら安全性確保を優先して中止するのが妥当だろう。『ニコニコニーコ』の場合は劇場が広くなく万が一の時にも避難誘導がスムーズに行われるであろうこと、劇場自体が新耐震基準を満たしていて安全性が高いことなども考慮され、上演できる運びとなった。幸せなことである。
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by maestro_k | 2011-03-18 10:14 | diary