落胆

各所のニュースでも大きく取り上げられていたが、ホイットニー・ヒューストンが亡くなってしまった。

私が彼女の歌声に触れたのは高校生の時だったろうか。姉のLPレコードを勝手にテープにダビングして聴いていた。私がカウンターテナーの声域を意図せずして開拓することになったのは、彼女と戸川純の楽曲を口ずさんでいたからというのが大きい。

1993年、22歳の時、私はすでに劇団活動を始めており、大学にもまだ在籍していたため音楽活動を行う時間的余裕もモチベーションも失いつつあった。歌はすっかり辞めて芝居に専念しようと考えていた。その年にホイットニーが来日し、横浜アリーナで彼女のパフォーマンスを目の当たりにしたのだ。彼女の歌声は私に「やはり歌を辞めちゃいけないな」と思わせてくれた。

彼女には彼女の歌がある、私にはどんな歌があるのだろうとイチから考え直し、大学の後輩だったFくんにピアノを頼み、カウンターテナーでバロック音楽を歌い始めたのがCaccinicaの源流となった。初めてのイベントで歌い始めたとたん「ユザワが甲高い変な声で歌ってる!」と芝居仲間にクスクス笑われた。すごく恥ずかしかったし傷ついたけれど、これが自分の音楽だから仕方ないと思って続けてきた。私の音楽的才能なんて貧しいものだが、私が音楽を続けることで、それを聴いた誰かがもっと優れた音楽を作り出すきっかけとしてくれるかも知れない。それがより多くの人の心を動かすのなら、例えホイットニーには遠く及ばなくても、私が歌う意味はあるんじゃないかしらと思ったのだ。もっとも今のところ、Caccinicaの楽曲を演奏してくれたり、Caccinicaに影響されて音楽を始めました、なんて人はさっぱりいないのだけど。

憧れの歌手が様々なトラブルを抱えて表舞台から遠ざかっていたのは寂しかった。一昨年の復活来日ツアーは行かなかった。おそらく失望の方が大きいだろうと思ったから。完全復帰した歌声を聴く日が来るのを密かに楽しみにしていたのに、結局亡くなってしまった。

母が生前、「オードリー・ヘップバーンが死んじゃった…」と寂しそうに電話をかけて来た事がある。母にとっては若き日にリアルタイムで憧れた女優だったのだろうが、私にはあまり彼女の落胆はピンと来なかった。まさに母の感じたその落胆を、私も今回味わったのだ。

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by maestro_k | 2012-02-15 23:40 | diary