ピクニック

f0056516_2025445.jpgピクニックへ。代々木公園へ向かう。
と、なんだか人が多い。
土日に原宿が混んでいるのはいつものことだが、公園までやたら人がいて面食らう。すでにGWなのだと後から知った。私は一年中GWなので休日の情報には最も疎い部類の人間なのだ。
静かでけだるい昼下がりを求めていたのに、公園ではフリスビーを飛ばす人や楽器を叩く人、バドミントンに興じる人などが溢れ、賑やかなことこの上ない。まあ、それでも広い公園なのでひとりでぼんやりできるスペースくらいはあった。
木陰に陣取り、2時間ほどただひたすらボーっとする。いろいろ考えすぎて泣きそうになったり怒りが湧いてきたり、いろいろな感情がグルグル交代する。考えすぎるとあまり良い方に気持ちが向かない。考える暇がないくらい忙しければいいのに。ただしギャラの出る仕事か、好きな仕事で。

考えたことのうちのひとつ。
私は自己表現として芝居と歌と写真をやっている。写真はまったくの趣味だが、芝居と歌は金をもらって見せたり聞かせたりして、それで生計を立てている。

「いろいろ才能があって、すごいですね」と言われる。才能の有無は私が決める事ではないが、はっきり言えるのは私が日常生活において自己表現が極めてヘタクソな人間だという事だ。語彙や知識は多いほうかも知れないが、ではそれらを駆使して人に自分の意志や感情を伝えるのに長けているか、相手の気持ちを汲み取るに敏かというと、決してそうではない。むしろ誤解されたり相手を不快にさせてしまう事のほうが多い。これはまったく私の人格欠損であり、人間的魅力を損なうに充分な事実だ。
なので私は、言わば装置を必要とする。芝居や音楽というお膳立てや、カメラという即物的な装置を利用しないと自分の居場所が作れないボンクラなのである。そして人間ユザワは誰からも食事の誘いを受けることなく、ひとりでピクニックに行くようなハメになる。
それは昔からそうなので今さら治りようもないのだが、いざ表現活動が滞ると、途端に極度の孤独感に陥る。大人なのだから、もう少し自分への歓待の仕方を学ばなければなるまい。

こんな感じのことを、20個くらい考えた。
そして帰りに池袋のロフトで洗顔用のフェイスブラシを買った。

「ピクニックに行った帰りに、フェイスブラシ購入。」どんなにグルグル考えても、今日の私がしたことは、このふたつだけなのだ。

告知。5月7日に新宿ゴールデン街「すみれの天窓」でちょっとだけ演奏。
15時&17時半。17時半の回はすでに売り切れ。限定13名なので予約はお早めに。
詳細は「今後の予定」欄のURLから。
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by maestro_k | 2006-04-30 20:50 | diary