母の日と乳がん

先日の日曜日は母の日だったらしい。
そして世間では母の日と乳がん撲滅をリンクさせる風潮が生じていたようだ。
私の母は10年前にがんで亡くなった。その4、5年ほど前に乳がんが発覚し、一方の胸を切除する手術を受けた。下の姉が企画した全快祝いの温泉旅行で、私は露天風呂で母親から手術跡を見せられた。成人してから母親の裸体を見る事も見せられる事もそうそうないだろうが、その時ばかりは無惨に平たくなり縫合跡が残された母親の胸を真摯に見なければと思った。決して見る事で愉快な気持ちにはならないが、彼女はそれを日常として受け入れて生きて行かねばならないのだから、私が目をそらしてはいけない。それは私にとっては確かにショッキングな光景だったのだけれども、母親にとってはもはや諦念の対象だったのか、それともやはり受け入れ難いものだったのかは分からない。乳房が失われた光景を共有することで彼女の気持ちをいくぶん楽にできたのならいいのだけれど。
数年は元気に暮らしていたのだが、結局がんは根治にいたらず、全身に転移して末期がんとなり、最期はモルヒネで茫洋とした状態で亡くなったそうだ。東京でバイト中だった私は危篤の知らせを聞いて新幹線に飛び乗ったが、車内での呼び出しのアナウンスを聞いたとき臨終に間に合わなかった事を悟って全身の力が抜けた。
中一の時に父が亡くなって以来迷惑をかけっぱなしで、結局両親には何の親孝行もしてあげられなかった。

私には歳の離れた姉が二人いて、下の姉は父親の、上の姉と私は母親の体質を受け継いでいるようだ。父親似だと酒に強く、母親似だと弱い、というだけの根拠なのだが、上の姉も乳がんで手術を受けているので、私も何かのがんになる可能性は高い。何も気をつけていないけど。

乳がん検診ではマンモグラフィーという機械でレントゲンを撮るようだ。NHKか何かで見たが、透明なアクリル板のようなもので胸をギュッとタテヨコに押しつぶす様は、M女でもなければなかなか苦痛そうだ。
実は、以前劇団に出演してもらったこともある知人のY嬢が乳がん検診のCMに出演している。はじめて見た時はびっくりした。なぜならY嬢はAカップすら怪しいという自他ともに認める大貧乳で、とてもじゃないが女性の代表として乳がん検診のCMに出演するなど考えられない人なのだ。彼女がもしマンモグラフィーにかかってもその乳房をタテヨコに押しつぶすなど不可能で、スルスルと滑って乳首だけ挟まれるのが関の山だろう。彼女がかの装置で発見できるのはせいぜい乳首がんくらいで、乳がん検診を勧める立場になるなどおこがましいにも程があるのだ。
本人も「なぜ私が?」とは思っているだろうから、あまり責めるつもりはないけれど。
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by maestro_k | 2006-05-16 03:07 | diary