ヒマなので考える

クリエのオペラ。そんなに不味くなかった。
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さて8、9話の台本が届いた。原作マンガも一緒に持ち出してカフェで読む。
私は連続ドラマは初めてだし、マンガが原作と言うドラマももちろん初めてだ。こういう場合どのように演ずるべきなのか考えてみる。長いうえに面倒くさいので注意。

・トレースすべきか、せざるべきか
人気マンガには当然たくさんのファンの方々がいる。ドラマ化された場合、視聴者には原作ファンと、そうでない方々がいる。原作ファンのみに見せるなら原作をトレースするのが効果的だ。しかし先入観のない非原作ファン向けには必ずしもトレースする必要はなく、やりやすい方向で作れば良い。つまり、
原作ファン向け→トレース優先
非原作ファン向け→トレースしてもしなくても良い
トータル→トレースした方が満足する視聴者が多くなる

ところがこんな簡単なリクツでコトが済む訳ではない。トレースするという作業にも様々な取捨選択がなされなければならない。

・「百鬼夜行抄」の魅力
オファーをいただいてから慌てて原作を読んだニワカ読者であるが、マンガとしての魅力は、
絵が綺麗なこと
ストーリーが良く練られていること
日常と非日常の混在した世界であること
登場人物のキャラが立っていること
だと思われる。
これらのうち絵とストーリーと世界観はドラマ化においての私の担当ではない。私の立場で考えるべきは「尾黒」というキャラをどう演ずるかということだ。

・百鬼夜行抄における尾黒の役割
原作はその絵柄もあいまって、妖しく美麗な世界が展開されている。私も美しいものは大好きな訳だが、単に美しい作品といってもいろいろなジャンルでの表現がある。
アポロン的なもの…絵画・彫刻・人形などの展示芸術
ディオニュソス的なもの…音楽・演劇・ダンスなどの共時芸術
ではマンガは?絵があるからアポロン的、というよりはストーリーを体験するのでディオニュソス的と言える。映像作品もしかり。ちなみにアポロン・ディオニュソスという区別はニーチェによるもので、マンガ・映像をディオニュソス的としたのは私の独断だ。それが正しいかどうかを厳密に説明する能力は私にはないので、ベンヤミンの『複製芸術時代の芸術について』あたりを参照願いたい。どんなことが書いてあったかは忘れた。
さて、より純度の高い美を表現できるのはアポロン的なものである。上村松園の『花がたみ』は常に妖艶であればよいし、恋月姫ドールも半永久に美を誇っていればよい。
一方、ディオニュソス的なものは時を受け手と共有するため、目の前で行われている表現を受け手がより受け入れやすいよう、その精神状態を緊張させたり緩和させたりする必要がある。ずっと緊張一辺倒では受け手の集中力が持たない。私がCaccinicaの演奏会ですっとぼけたMCをするのもこのためだ。私はサディストなので、ずっと無言で客に緊張を強いることもやぶさかではないが、客がみなマゾヒストとは限らない。

百鬼夜行抄も妖美さ一辺倒ではなく、コミカルな場面が差し挟まれる。私が担当すべきはまさしくこのシークエンスで、いわゆるコミックリリーフだ。そして尾黒は尾白とペアの扱いであり、この相似性(双児性?)は「アリス」におけるトイードル・ディーとトイードル・ダム、狛犬の「あ」と「うん」、おすぎとピーコに通じる。そしてキャラに相似性を持たせる目的は、多くの場合、そのキャラに普遍性を持たせることにある。つまり尾黒はひとり飛び抜けたキャラを作って良いというわけではなく、尾白とのバランスやコンビネーションを常に考えなければならない。

・マンガのキャラクターを演じるということ
尾黒には、文鳥・カラス天狗・人間の三態がある。素の人間のまま登場して「文鳥でござる!」と言い張る演劇的表現は通用しないので、文鳥は声のみの演技。カラス天狗は衣装を付けてマスクを被り、眼だけが露出した状態。人が被る訳だからマンガとは幾分プロポーションが異なるが、それは仕方ない。この場合は声プラス動きだ。人間態のシーンはわずかだが、この場合はもちろん通常の役者と同じ作業。
で、私は原作キャラクターから想起された声と動きを私なりにトレースするつもりだ。
「ドラマは別物だ!」と開き直って役を自分に近づけるやり方もあるが、今回の役に関しては役に近づいてゆくのが正しい作法に思われる。文鳥とカラス天狗は同一キャラでマンガ的に。人間態の時はちょっと妖魔っぽく。原作ではそうなっているので、そうしている。それぞれでの演技が視聴者に正解と思ってもらえるかは判らないけれども、今回のドラマで尾黒を演ずるのは私しかいないので、それを肝に銘じつつ。

さて問題は、こんなに長々と語っておきながらその成果を演技に活かす技量も、役に近づいてゆく表現力も私は持ち合わせていないことだ。まずは「現場の全員に聞こえる大きさで台詞を言わないと不安になる」という演劇人のクセを直すことだろうか。無駄に声張っちゃうんだよな。

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by maestro_k | 2007-01-20 22:11 | diary