また散歩

エクスレルムカフェに行ったら、今年からランチタイムは禁煙ということになっていた。ショック。せっかく書き物でもしようと思っていたのに禁煙では仕方が無い。ランチだけ食べて退散。

牡蠣と春菊の押し麦リゾット。
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美味しかったので、まあ許そう。

別の店に移動し、メモを書きながらぼんやりと数曲聴く。そしてしばし沈思黙考。

最近はちょっと大きめの舞台が続いた。劇団だけやっていた頃に比べて多くの人に観てもらえ、ギャラをもらえるのはよろしいのだが、私はもともと作・演出をやりたくて劇団を始めたので役者としての野心はないし、自分が役者に向いているとも思えない。それでも舞台は楽しいし、劇団の活動が滞り、作・演出家としてのオファーも全くない現在、芝居作りの現場にいることが勉強になるので役者としてのオファーがあれば受ける。役者として生活が安定すれば自分の舞台を作れる日も来るだろう。

ギャラをもらって舞台に立つ以上はそれに見合った結果は出さなければならないが、その舞台がシェイクスピアであろうとマンガ原作のミュージカルであろうと、自分以外の人間が作り出した世界である以上、どこか冷めた目で観察している。最近はなぜか笑い担当にされることが多い。ユーモアや毒は好きだが人を笑わせることに興味の無い私にはそれもなかなか難儀だ。私自身は笑いよりも美や技巧を追求したシリアスな表現を好むのだが、それは一般的な観客の嗜好ではないらしい。笑いの有無に関わらず人を楽しませるのは嫌いではないので、役者としてのみ舞台に関わる場合には割り切っている。多くの観客が求めるのは芸術表現ではなく、娯楽としての舞台だからだ。
小劇場には私よりはるかに笑いに長けている人材がゴマンといるのでそういう人にやらせればいいのにとも思うが、せっかくいただいた仕事はしっかりやり遂げたいし、笑いだけならともかく歌唱なども加味すると確かに小劇場からの人材選びは難しいのかも知れない。
なにより違和感を感じているのは私の歌唱がこれまで出演したミュージカルでは異質なものとして観客に(多くの場合、共演者にも)捉えられ、懸命に歌えば歌うほど笑いの対象にされてしまうことだ。これは6年前のケラマップの時からそうで、「笑っちゃうほど上手い」という扱いは既に食傷気味なのである。そもそも私はそれほど上手くない。帝劇レベルなら中の下あたりだろう。それでも私は自分の歌唱力を真っ当な芸術表現に使いたいと思っていて、パヴァロッティやバルトリみたいには歌えないけれども、Caccinicaで自作曲を歌うことくらいはできると思っている。その表現を知らないミュージカルの観客に歌を笑われることに全く屈辱を感じないというわけにはいかないが、喜ばすのが仕事な以上、喜んでくれるならそれでいい。

なんだかとっ散らかってしまったが、そんなことを考えてヘーゼルナッツフレーバーのカフェラテを飲んでいたのだった。きっと、
「今日は寒かったねー!凍っちゃうかと思ったよ!みんなも風邪引かないように気を付けて!」
なんて書いた方がいいんだろうなあと思いつつ。
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by maestro_k | 2008-01-25 23:59 | diary