よしよし

終盤に向かってゆく材料が全て揃い、あとはなんとかうまい具合にニョロニョロ編んでゆけば良い。ああこんがらがって面倒だ。しかし作家が流れを整理しきれなければ、ましてや観客には理解不能なものになってしまう。材料を生かしつつ、一番効果的なシーン配置を模索。

さっきはとても切ないシーンを書いた。基本的に全編ふざけ倒した芝居なのだけれど、なんでこの子がこんな目に合うのだろうと、自分で書いておきながら心が痛む。そしてすでにラストが見えて来て、ああもうすぐこの登場人物たちの世界が閉じてしまうのだと思うと切ない。

今まで観客受けを考えて芝居を書いた事がないので、良い芝居が書けたか否かはいつも自分の基準でしか判らない。その基準のひとつに、「書き手として、その芝居の世界に没入できるか」ということがある。今回は曲がりなりにも商業演劇なのでエンターテイメント性を考慮しないわけにはいかないのだが、自分で心が痛むくらいに感情移入できたのは良い印だと思っている。
天然ロボットの静寂や耽美はないかも知れない。でも、私の劇団を見てくれている数少ない方々にも、間違いなく楽しんでらえるものになりそうだ。

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by maestro_k | 2008-09-21 02:14 | diary